オペラ座バレエ“赤と黒”
シーズン到来ということで、パリでのバレエ鑑賞デビューとして、“赤と黒”を観てきた。スタンダールの文学作品をモチーフにした新作である。演出は、来年御年90歳になるというピエール・ラコット氏が担った。
オペラ座のフレンチバレエが、ボリショイやダンチェンコ等のロシアンバレエとどう違うのか、非常に興味があったのだが、やはり全然違った。入口がロシアンバレエ側だった自分としては、オペラ座のバレエには、正直、出だしはかなり違和感を禁じ得なかったが、途中からは、全く別のテーストのものとして作品を楽しむことが出来たと思う。
ロシアンバレエとの対比という観点で、今回自分が面白いと思ったのは、オペラ座バレエの感情表現の豊かさと、舞台のビジュアルの華やかさである。
ロシアンバレエでも感情表現は豊かだが、あくまで形式美の枠の中でギリギリの極限を攻めるという類の表現で、オペラ座バレエは、もっと自由な、生身の人間の濃密な表現に満ちているように感じた。演目が“赤と黒”だったこともあり、ロシアンバレエではまず見られないような、なんとも艶っぽい表現も数多くちりばめられていた。
華やかさという点について言えば、ロシアンバレエの華やかさが、シンプルな衣装と舞台装置の中で、人の身体の動きというものがこんなにも美しいものだったのかと圧倒させるような種類のものであるのに対し、オペラ座バレエの方は、例えば、フランス貴族の館の大広間風の舞台の両脇に、タキシードの男性ダンサーと白のドレスにティアラを付けた女性ダンサーのカップルがずらりと並んで踊ってみせるような種類の華やかさで、ロシアとフランスでは、舞台に対する思想そのものが違うように感じた。
今回、踊りで圧巻だと思ったのは、なんといっても主役のジュリアンを演じたジェルマン・ルーヴェ、レーナル夫人役で妖艶な演技をみせたリュドミラ・パリエロ、レーナル家のメイドであるエリザの役で小悪魔的な演技が魅力のロクサーヌ・ストヤノフ、そして、比較的ちょい役なのに何故か存在感があってどこかコミカルで味のあるレーナル市長役のフランチェスコ・ムーラ、といったダンサーたちだった。
一方で、群舞のダンサーたちについては、あくまで素人視点の印象だが、ボリショイ(或いはイゴール・モイセーエフ)の方がレベルがかなり上かなという気がした。ダンサーの層の厚さ、すそ野の広さという意味では、ひょっとするとロシアの方に軍配が上がるのかもしれない。ボリショイの、どこをどう切っても一瞬の隙もない、あの鬼気迫るような舞台の完成度は、ロシアのあの凍てつく大地があってこそ育まれるストイックさなのだろうと、改めて思ったりする。
劇場としてのオペラ座(ガルニエ宮)も、ボリショイ劇場とは、趣が全然違った。とにかくもう絢爛豪華。豪華さの中にも、どこか質実剛健なものが感じられるボリショイ劇場とは随分違って、ロシア文化(少なくともモスクワ)とフランス文化の対比そのもののようにも感じられて、とても興味深かった。
次に自分が見ようと思っている演目は、“ドン・キホーテ”である。今回観た“赤と黒”は新作で、コンテンポラリーに属する作品だと思うが、“ドン・キホーテ”はクラシックの定番であり、何しろ自分がボリショイ劇場でも見た演目なので(キトリ役がアンナ・チホミロワという恐ろしく魅力的なダンサーだった)、純粋な露仏対比が出来るのではないかと、楽しみにしている。
2021年10月
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