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YUYA 
​OGATA

おらんだ・ことはじめ「常時化(とこシケ)の国の光と花々」

  • 執筆者の写真: Sakamoto Koji
    Sakamoto Koji
  • 2012年6月23日
  • 読了時間: 4分

 オランダ、ベルギーがある「低地地方」はとにかく天気が悪い。一日中晴れという日が、果たして年に何日あるか。休日の朝、さわやかな青空が広がっているので、こんな日はどこかに出かけなきゃと弁当なぞ用意していると、出かける頃には空一面に灰色の雲が広がり、あまつさえ雨まで降ってきて、すっかり気分が萎えてしまうなんていうことはしょっちゅうである。晴れと雨が数百メートル毎に斑を成し、弾幕のような雨のカーテンが牧草地の上を通り過ぎていくのをオフィスの窓から見ることもしばしばある。  ドイツ北部のデュッセルドルフからアムスへ車を走らせていると、緩やかな丘を下り始める国境手前辺りで雲が増えてきて、低地に降りきる頃にはぽつぽつと雨が降り出すというのは毎度のパターンである。夏場に北欧に出張に行くと、その気候の良さにしばしば驚かさせる。モスクワですら、ずっと爽やかだと呆れたこともある。北海に流れ込む暖流と大気の温度差のせいなのか、詳しいことは分からないが、低地地方の気候が欧州でもトップクラスで悪いというのは紛れもない事実だと思う。  低地地方は風もまた強い。とにかくもう、暴力的なまでに風が吹きすさぶ。駆け抜けていく雨の弾幕に打たれ、荒れ狂う風に吹かれていると、海水を風車で汲み出して一応牧草地にはしているものの、ここは本質的には今でも海なのだという思いに駆られる。  アムスの北緯は52度。極東でいえば樺太の間宮海峡と同じ緯度に位置するので、冬の夜は暗く長い。朝は9時を過ぎて漸く明るくなり、午後は3時過ぎには暗くなる。日中も、大抵灰色の雲の下で過ごすことになる。  そんな灰色の世界にも、さっと光が差し込む瞬間がある。この国の晴れの日は本当に素晴らしい。ポプラ並木の木陰の陰影、空の青、そして咲き乱れる花々が、灰色を見慣れた網膜に染み入るような刺激を与える。低地地方ゆえ山はなく、ビルもまばらなので、一旦晴れると地平線の上の半球全てが青空になる。そんな日にハイウェイを車で走っていると、まるで大空をセスナ機で飛んでいるような錯覚に捕らわれる。  灰色の世界にさす束の間の光と青空。普段から光に満ちた世界に暮らしている人々とは全く別の感性がそこに生まれる。フランドル絵画とは、多分にそういう風土の産物なのだろうと、ふと思ったりする。

世界には、商品毎にその取り引きの世界的中心地というものがある。例えば証券ならニューヨークのウォール街。穀物ならシカゴ。保険はロンドン。ダイヤモンドはアントワープ。そして花は、アムスの隣町、アールスメールである。  スキポール空港のすぐそばでもあるこのアールスメールには大きな花市場がある。「国際生花取引所」といった方がいいかもしれない。世界の花の6割はオランダを経て市場に流れていくという。アイスランドの火山噴火で欧州中の航空網がマヒした時、NHKの「週刊こどもニュース」で、南アフリカ産のバラが日本に来なくなったのは何故かというテーマでこのアールスメールが取り上げられていた。  アールスメール近辺からライデン方面にかけては、広大な園芸農業地帯が広がっている。春になると息をのむような美しさの一面の花畑になる。咲き誇る花は、園芸農場だけでなく、オランダの街のあちこちで見ることが出来る。凍てついた褐色の大地を割って深い緑の針のような芽を出し、やがて白、紫、黄の鮮やかな花を咲かせるクロッカスを皮切りに、秋になるまで次々に花たちが咲き乱れる。この国の人々は花という彩(いろどり)が本当に好きなのだ。  オランダが園芸大国なのは何故かという問いに対しては、元海面下で砂地である痩せた土壌と、日照時間が限られ寒冷な気候故、逆選択的に園芸農業が発達したという答えが、地理のお勉強的には正解となるだろう。しかし、オランダ人が純粋に花が好きだからという答えの方が、本当の正解なのかもしれない。  常時化(とこシケ)ともいうべきこの国で暮らす人々の繊細な網膜が、フェルメールを生み、世界で最も花を愛でる文化を育んだ。そう考えてみるのも悪くない。


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