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1453年5月29日

 1453年5月29日。オスマン帝国軍の総攻撃により、ビザンチン帝国の最後の砦であったコンスタンチノープルが陥落し、一つの時代が幕を閉じた。単なる国家の滅亡ではない。この日の出来事は、文明の殉教とでもいうべき情景であり、世界史そのものの大きな転換期であった。

「ビザンチン文明とは、滅んだ古代ギリシア文明とローマ文明から吸収したすべての要素と、オリエントから受けた影響の総和を、さらに上回るなにものかなのだ。それはそれ自身でひとつの完全体なのであって、単にさまざまな文明の要素の、色とりどりな混合から出来た合成体ではない。」

「地中海の長子としてのその気質は、実際的なことよりも、宗教と芸術の精神にとくに著しく発揮された。そして、その政治上の特色も、けっして分離することの無い、また事実上分離し得ない、教会と国家、宗教と政治との統一態を守る信念にあったのだ。」

塩野七生の「コンスタンティノープルの陥落」の中で、ビザンチンのギリシア人僧がそう語る。ビザンチン帝国は東ローマ帝国とも呼ばれ、ローマの名を冠するが、この国の中核をなしたのはギリシア人である。

 ビザンチンの滅亡を回避する措置は幾つかあった。攻防戦の末期ですら、オスマンのメフメト2世からビザンティン帝国に対して出された講和条件は、降伏開城すれば、安全な退去と他の土地の支配を認めるというものだった。しかし、時の皇帝、すなわちビザンチン最後の皇帝となったコンスタンティヌス11世は、これを拒否した。ビザンチン帝国があるべき場所は、コンスタンティノープルをおいて他にない。そういうことだったのであろう。

 攻めるオスマン側にも、総攻撃反対論は根強くあった。難攻不落を誇るコンスタンティノープルである。16万の大兵力を投じての攻撃とはいえ、自軍も尋常ならざる損失を被ることは免れない。なぜそこまでこの街に拘るのか。オスマンの家老達の多くは、若きメフメトの強硬策を陰に陽に批判した。

 29日、夜半を過ぎて間もない頃、オスマンの総攻撃が開始された。オスマン側の松明に煌々と照らされた城壁の前で、トルコ側は、まるで消耗品でもあるかのようにその場に莫大な兵の人命を投入し、守るビザンチンの兵士たちとの激闘が繰り広げられた。城壁の外に並べられた大砲群は咆哮し、攻めるトルコ兵と守るビザンチン兵、そして城壁の全てを、もろともに吹き飛ばし続けた。そして、夜が白む頃、ついに城壁は突破され、トルコ軍が雪崩を打って城壁の中へと突入していった。

教皇コンスタンティヌスは、紅のマントを脱ぎ棄て、剣を抜き、突入してくる敵兵の中に切り込んでいった。彼が、コンスタンティノープルの街のためにその場で命を捧げたことは間違いない。後に首実検された彼の遺体が本当に彼のものであったかどうかは定かではないが、それはどちらでもいいことであろう。

 メフメト2世は、10代の若き頃、不遇をかこった。父の気まぐれで、一旦譲り受けた帝位をはく奪され、宰相からも疎まれた。彼が幾つの時だったのか、父の正妻の一人でありセルビア公の娘であったマーラから、コンスタンティノープルの街を描いた絵を見せられ、彼はこの街に強い興味を持ったという。メフメト2世は、父が死に、2度目の帝位に着いた時、マーラに、オスマンに嫁いできた時の持参金を返し、贈り物と支度金まで渡して、彼女を故国に帰している。彼にとって彼女は、特別な女性であったことは間違いない。

対外的には、覇権国家の首都であるよりも国際商業都市であることの意味合いが強くなっていたコンスタンティノープルを利用するだけなのであれば、何もそれを攻め落とす必要はなかったかもしれない。しかし、メフメト2世は、この街そのものを手にすることに拘り、それを実現した。これを契機にオスマンは、覇権国家として世界に名をとどろかせることになったが、同時にそれは、遊牧民としての彼らの歴史の終焉でもあった。

 その日を境にして、この街はイスラムの色に塗り替えられた。現在、この街でビザンチンの面影をしのばせるものは、異教徒から付け加えられた4本の尖塔をもつハギアソフィアの外観と、その内壁で、一旦塗り込められた漆喰が再び剥がされて姿を現した幾つかのイコンぐらいしかない。

そのイスタンブールの街の東端には、今でも、オスマンとビザンチンが激突した城壁が、500年の歴史を超えてそこに残っている。

コンスタンティヌス11世とメフメト2世の二人の君主からこれほどまでに愛されたコンスタンティノープル。彼女でなければ、この街でなければならない理由が、そこにはあったのであろう。自分もそれは、少しわかるような気がする。


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