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シルフィーダとラウンジの眼鏡

 土曜の夜に、一人でボリショイ劇場にバレエを見に行ってきた。劇場の前の広場では、噴水が上がってたくさんの人たちが軽やかな夏服を着てそぞろ歩いていた。あの、暗く重く冷たい冬はなんだったのか。なんだか夢の中の出来事だったような気がする。  上演は新館で演目はシルフィーダ。ロマン主義、白のバレエの1作品。特に第二幕の森のシーンが幻想的で美しかった。  4月の終わり、家族に会いに日本に帰る前日に、あるホテルのラウンジにお客さんの接待に来て眼鏡を忘れた。そのホテルが劇場の近くだったことを思い出して、上演が終わった後寄ってみた。  そのラウンジにも屋外のテラス席が出来てすっかり夏の趣になっていた。ラウンジで用件を伝えると「探してみますので、暫くお座りになって待っていてください。」と言われたので、ブレンデッドモルトのロックを一つ頼んで、まだ明るさの残る外の景色を眺めながら飲んだ。美味。家でも飲める酒だが、何故か少し味わいが違う気がした。普段私用ではこんな高級ホテルのラウンジはなかなか利用しないのだが、たまには悪くないかもしれない。  「残念ながら、当ラウンジがお預かりしている眼鏡はこの一つだけです。」  ラウンジの責任者風の女性が、いたずらっぽく微笑みながらそう言って眼鏡をテーブルの上に置いた。いかにも自分のものであった。  でかくて重苦しいばかりだと思っていたこのモスクワも、或いは好きになれるかもしれないなと思った。


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