top of page

ウグイスの頃に

 父が他界して早1年となった。命日26日を少し前にした一周忌の法事が、神戸の実家にて身内だけで執り行われた。昨年、外地にいて父の臨終に間に合わなかったオランダの僕とシンガポールの弟も帰国し参列した。双方今回は家族を任地に置いて本人だけの帰国であった。他には、神戸在住の妹家族、父母の故郷佐世保や関西在住の叔父叔母や従弟、そして母の皆で亡父の菩提を弔った。  湿っぽい雰囲気もなく、仕出しの弁当を食べ、酒を酌み交わしながら、自分たちの最近の生活や過去の親族間のエピソードについて語り、自分たちの血を引き継いでいる子供たち、孫たちのことを話した。  法事もひと段落し僕らの帰国前夜となった日曜の夜、任地へ持って帰るべく買い集めた日用品や衣類がいっぱい詰め込まれたトランクが置かれたリビングで、母と弟と僕とで酒を飲んだ。酒の合間、僕はオランダに置いてきた家族に電話し、この週末の向こうでの出来事について聞いたり、こちらで買い出した荷物を確認したりした。自分が今帰属する海の向こう側の世界とそういう形で触れることに、少し不思議な感覚を覚えた。  酒もすすみ、僕と弟は自分たちが高校生だった頃の写真を押し入れから引きずりだしてきて、その頃の思い出を話した。母は、京都での学生時代に父と出会ったころの話しをした。その話しをしている時の母は、娘だった当時に戻っているように感じた。  夜も10時に近い頃、日本を出る時に解約した携帯電話に電源を入れて、その電話帳に番号登録がまだ残っていた高校時代の友人の一人に電話をした。日曜の夜10時に、彼は会社にいた。「昨年から支社を任されたが成績不振で大変なのだ。もうずっと、週末もあまり休めていない。」と彼は言っていた。奴も自分と同じように苦労して、そして頑張っている。「心と身体だけは大事にしような。」お互いそう言って電話を切った。  世代を超え過去から未来に続いていく時間の中で、そして、親兄妹や親族、友人たちが今を生きているそれぞれの世界という空間の広がりの中で、自分の今は一つの点に過ぎない。時には自分が押し潰されそうになるその「今」は、所詮「点」なのだ。しかしその点は、時間と空間を超えて面のように繋がっている。その大きなものの上に自分は乗っている。  明け方になると、毎朝家の近くでウグイスが良く鳴いていた。父が闘病していた当時もウグイスが良く鳴いていたという。父の菩提を弔うための帰国であったが、むしろ自分の方が、何かかけがえのない癒しのようなものをもらった気がする、そんな帰国であった。  お父さん、ありがとう。また戻ってきます。そのうちに。


特集記事
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
最新記事
アーカイブ
タグから検索
まだタグはありません。
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
bottom of page