アウトレンジと波動砲
地球上の生物にとって猛毒のはずの砒素を食べて生きる細菌が発見されたとのNASA発表を聞いて、宇宙戦艦ヤマトのガミラス星人を連想した人はアラフォー世代の男性には結構多かったのではないか。 実写版はまだ見れていないが、オリジナルのアニメ版宇宙戦艦ヤマトはどんぴしゃ僕らの世代である。遊星爆弾の放射能に汚染された真っ赤な地球。その祖国の危機を救うため、太平洋戦争で撃沈され海底にあった戦艦大和が宇宙戦艦ヤマトとなってたった一鑑で敵のガミラス艦隊に挑みイスカンダルに放射能除去装置を取りに行く。人類絶滅の日まであとXX日。そのストーリーは、多分に太平洋戦争での日本国民の原体験を反映しているようで興味深い。
遊星爆弾に焼き尽くされる大地も、干上がった海底に夕日に照らされて佇む戦艦大和のシルエットも、なんだか妙にリアルに感情に訴えるものがあった。当時小学生だった僕をはじめとするあの時代の子供たちも、無意識ながらこの物語の世界にある種の神話性を感じていたのではないか。 このアニメが終戦後約30年という時代に世に出て大きな反響を呼んだことは、社会心理学的な考察の対象として非常に面白い題材ではないだろうか。 窮地のヤマトの危機を救うのは、常に艦首に備えた「波動砲」だった。この波動砲というものにも、日本人のメンタリティの深い部分に関わるひとつの象徴性(或いはある種のトラウマ)があるように思う。 アウトレンジ戦法という用語がある。ウィキペディアには「敵の火砲などの射程外から一方的に攻撃を仕掛ける戦術のことを示す。太平洋戦争で日本海軍の機動部隊が行った戦術。」とある。 黒船への脅威に始まった日本の近代化は、明治維新、富国強兵、日露戦争を経て、軍国主義の道へと進む。外からの刺激で中の振り子が大きく振れ、勢いあまった振り子の負の振幅は近隣国家にまで及んだ。やがてその振り子の振幅は我々の国家そのものを大きく揺るがし、最後には全てが根こそぎ倒れることによって、漸くその振幅を止めた。 この間、一貫して日本人のメンタリティを支配したのは、外の世界の力に対する恐怖と、それに抗い絶対に自らの国土と純血を守りきるのだという壮烈な感情ではなかったか。アウトレンジ戦法とは、合理性に基づいた軍事戦略ではなく、そうした精神背景の中から生まれてきた、非常にウェットな感情、或いはある種の信仰とでも言うべきものだったのではないだろうか。 アウトレンジ信仰は、やがてその象徴としての戦艦大和を生む。1945年4月7日の沖縄海上特攻で撃沈されたこの艦は、現実的な戦力というより、むしろ日本人の信仰のモニュメントとしての意味をより重く背負っていたであろう。 宇宙戦艦ヤマトのは波動砲には、そうした我々日本人の精神の移ろいの残り火を見るような、そんな気がするのである。