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交通事情に見る米墨対比:ゴッドの怒りと秩序編

 メキシコ駐在中、仕事では何度となくロスに行ったが、休暇として家族でロス、サンディエゴにいったことも何回かあった。いつも、空港でレンタカーを借りて、買い物も食事も全て車で移動したものだが、以下は、そんなふうに休暇でカリフォルニアで車を運転していた時の経験である。  僕は、よく知らない道を走っていて、とある交差点で左折しようとした。(米国は左ハンドルなので、日本で言えば右折の状態である。右折専用レーンから右折する場面を思い浮かべていただきたい。)その道は車通りはそれほど多くなかったが、綺麗な片道2~3斜線の道路で、左折のための専用レーンがあった。僕は、最初その道を直進しようと思い、直進レーンに入りかけたところで、おっとここは左折かもと思って、急遽左折することにした。しかし、若干ながらすでに直進レーンに入りかけている。まあ、でも、後続車も全くないし、いいか・・・と思いながら、直進レーンからゆるゆると車を左に寄せ左折しようとした。(今にして思えば、既にこれだけでもメキシコ人的な行動かもしれないが。)すると、もうひとつ右の直進斜線を後ろから走ってきた黒のどでかいピックアップトラックが、自分の車の真横でぴたりと止まった。場所は交差点の入り口で、前の信号は青である。車が止まるや否や、助手席のウインドウが下がり、運転席のサングラスの中年白人男性がこちらを向いて、大きな声で「ヒューウ」とパトカーの警告音の真似をした。自分があっけにとられていると、その男性はするするとウインドウを上げて、やがて走り去ってしまった。そうこうするうちに前の信号は赤になり、曲がりそびれた自分は、仕方がないのでそのまま直進することにした。  自分は、今起こったことにあっけにとられつつ、いかにも米国だなあと思った。警察官でもないあの中年男性は、自分のささやかな交通違反を戒めるために、わざわざ停車して助手席の窓を開けて、警告したのである。しかし、半面では驚きつつも、もう半面では、米国ではこの種の行動は、ある意味当たり前なのかもしれないとも思った。それは、車を運転している他の場面でも常に感じていたことだし、スーパーで買い物をしていて感じたことでもあった。この国では、秩序というものが、社会の極めてファンダメンタルな「財産」であり、その維持のために、市民の一人一人がそれを尊重しなければいけないのはもちろんのこと、同じく市民の義務として、それを他人にも尊重させるよう努めなければならないという認識が、恐らく、習慣レベルで殆ど全ての国民に浸透しているのだろう。自分が漠然と感じていたのは、あえて理屈付けて言うとそういうことだった。メキシコ人は、自らが秩序を守ろうとしないし、日本人は、自らそれを守ったとしても、他人の遵法精神に個人として口を出すなんてことは、余程のことがない限りしないだろう。  この米国人の行動規範の背景には、彼らの徹底した合理化精神も大きく影響していると思う。芥川龍之介の「朱儒の言葉」という書物の、道徳という下りに、「道徳とは便宜の異名である。左側通行と似たものである。」とある。この場合の便宜とは、「利便性」とでも考えればよいのだろうか。ちなみに、この下りは以下のように続く。「道徳の与えたる恩恵は、時間と労力の節約である」「妄(みだり)に道徳に反するものは、経済の念に乏しいものである。」と。まったく、それはすなわちメキシコ人、といった感じである。そして、米国人は、この道徳がもたらす現世的効用を、遺伝子レベルで理解している人々のように思える。  しかし自分はまた、米国人の遵法精神が、表面的には合理化精神に則ったものだと思いつつも、その彼らの思考・行動を、精神のもっと深いところで決定付けているのは、「怒れる父ゴッドが示す秩序には、逆らうすべもなく従わねばならない。」という、一種の恐怖心理があるように思うのである。彼らのこの「父」に対する畏怖は、究極的には、「どうあがいても、結局自分たちは絶対に許してもらえない存在なのだ」という絶望感にまで至り、さらには、時には自らが「怒れる父」になったように振舞い、他者に裁きを与えることで、自らの恐怖と絶望感を少しでも紛らわそうとしているように感じるのである。かつて、アフガン侵攻の作戦名が「至高の正義」と命名されたことがあったが、その作戦も含まれる一連の軍事行動にも、作戦名の命名センスにも、この、血も凍るような絶望と恐怖からの逃避のにおいを感じるのである。


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